伝統のハムを生み出す作業は、まず「磨き」から始まる。
「磨き」とは、厳選した豚肉からスジ、脂肪、軟骨などを除き、ロースの塊を作ること。芯(赤身)と脂肪のバランスがほどよいハムになるよう、丁寧に磨く。素材にはひとつとして同じものはない。肉の状態に合わせ、どうナイフを使うか。その見極めにこそ、培われた技が生きる。ナイフを使えるようになるまでは2、3年かかるといわれる。
熟練の技術で素材に向き合う作業は、まさに「磨き」の呼び名にふさわしい。
秘中の秘といわれる機密事項がある。
鎌倉ハム富岡商会のハム作りの中でも、とりわけ極秘とされる工程が「漬け込み」だ。「磨き」が終わると、肉は味付けのため漬け込み液に7日間以上漬けられる。漬け込み液の配合や期間は、ハムの出来上がりを左右する命。他には決して真似できない、鎌倉ハム富岡商会独自の知恵がそこにある。
もうひとつのこだわりが「手返し」。漬け込みの期間中、味付けがムラなく行き渡るよう、樽の上下の肉を毎日入れ替える。素材は樽の中で熟成し、時を待つ。
言わずとも語るものがある。たとえば、写真の手。
力強さを見る者に伝える指は、長年この作業に携わってきた証だ。漬け込みの後、肉は布に巻かれ、糸で締められ、一本のハムの原型となる。
肉の状態を手で確かめながら、形が崩れないよう布で固く巻く。時に強く、時に弱く。糸の巻き加減には職人の勘が冴える。素材が形を得る瞬間。
一連の工程の中で、もっとも熟練を要する手仕事である。
人の手で「布巻き」された肉は「スモーク」の段階で味や薫りにさらに深みが増す。
「布巻き」の後、専用の加熱台車に掛けて乾燥させる。次にさくらのチップで、じっくり「スモーク」する。最後に加熱され、一晩冷却されてようやく完成する。